レッテル

レッテルとは、
人物や物事に対して、一方的に決めつけた先入観や偏見に基づいて判断を下し、評価や批判をすること

レッテル貼り(labeling)とは、ある人の見た目や性格、言動、行動の一部分のみをひとまとめにして、否定的なラベルをつけることをいいます。物事の見方の癖である認知のゆがみの1つです。

他人にレッテルを貼りたがる人がいる

レッテル貼りは、個人だけに限った話ではありません。
例えば、「この人はO型だから〜」と日常生活の中で決めつけていることなんかもそうです。
また、職業についても「この人は先生だから○○な人」「看護師だから○○な人」など、勝手なイメージを個人に押し付けていることもあるのはないでしょうか。

レッテルを貼る人は自分都合でレッテルを貼る

それは、自分にとって「都合がいい」人であってほしいから。
「この人はこういう人」だと処理してしまったほうが楽だから。
また、その人を「悪い人」などと決めつけてしまうと、自分が保っている自分都合の世界が保たれるから。

それは、レッテルを貼った人を色眼鏡で見ている状態です。
要は決めつけ。自分の思い通りにしたいだけ。

そして、レッテルを貼られた人が思い通りじゃない一面を見たとき、大体の人が憤慨します。
さらに、レッテル通りの人に戻そうとします。
なぜなら、自分にとって都合が悪いから。

これらのことから
レッテルの内容は事実はないことがわかると思います。

人は貼られたレッテル通りになろうとする傾向にある

1960年代、アメリカの社会学者であるハワード・ベッカーは著書の中で「ラベリング理論」を提唱しています(※2ラベリング理論では、人はレッテル貼り(ラベリング)をされると、レッテル通りの選択をし、その通りの人間になってしまう傾向があると論じられています。

人は、ポジティブなレッテルであっても、ネガティブなレッテルであっても通りであろうとします。
「優しい人」なら優しい人に。
「ダメな人」ならダメな人に。

それは、そうであると評価を評価してもらえるから。
また、レッテル通りじゃなくて憤慨した人の言うことを真に受けているから。
自分のことをちゃんと自分が理解していないから。

そして、結局は自分で自分にもそのレッテルを貼ってしまっているのです。

自分ってどんな人間なのかきちんと認識しよう

他者との関りの中で自分がわかる

自分がどんな人間は、自分一人でで考えてもわかりません。
自分がどんな人間かは、他者ときちんと関わり、他者からの様々な刺激によってわかります。
他者からの刺激に反応する自分、発語する自分を認識することでわかってきます。

自分がどんな人間か、もちろん他者の見方を取り入れることは大切です。
それは、レッテルではなく色眼鏡なく自分を見てくれている他者の意見です。
そういう人が見ている自分は事実であることが多いです。
また、そういう人はどんな自分を見せても排他することはありません。

他人の思い通りにならなくていい。

自分が他人からレッテルを貼られたら、ある枠内にとじ込められた感覚になると思います。
それはとても窮屈です。
そのレッテル通りに人でなければならないのだから。

その窮屈さに気が付けば、そのレッテルをはがせばいいだけです。
そうすると怒る人がいたとしてもそれはあなたの問題ではありません。
貼った人の問題です。

もし、自分一人で対処できない場合はカウンセリングで解決することができます。
1人で悩まずご相談してくださいね。